2021年2月26日金曜日

「めんどくさい」と言わないで。

聖書朗読 ルカ5章 5節 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもお言葉通り、網をおろしてみましょう。」 私は最近よく聞く言葉は「面倒くさい。」恥ずかしいですが、私も結構言ってしまいます。DIYが趣味で楽しいですが、工事の後片付けが苦手で面倒くさいですね。私は経験ないですが、漁師の編みを洗ったり、キレイに整える作業は面倒くさい作業だと思います。想像してください。一晩働いて何もとれなかった。疲れているし、ガッカリしているし、早く片付けて帰りたいと思っている所で、イエス様のお願いは嬉しくなかったと思います。訳が分からなかったでしょうし、疑いもあるはずだし、でも従いました。その結果、魚たくさんとれました。弟子たちの人生を大きく変える出来事でした。 イエス様が私たちにも「深みにこぎだして」といっているかもしれません。私たちが諦めがちな、もう一度やってみるべきことありませんか?伝導?他人との仲直り?「今年こそやる!」と新年の書初め?など。イエス様がに導かれていることなら、何度でも立ち上がって、最スタートするべきです。

2021年2月24日水曜日

「愛の神だから。。。」裁かれない訳ではない!

ルカ3:17 また手に箕を持って脱穀場をことごとくきよめ、麦を倉に納め、殻を消えない火でや焼き尽くされます。 先日もそうですが、何度も何十人と以下のような会話をしたことがあります。相手:「神は愛ですから、地獄はありません。皆天国に行きます。」信者: 「愛の神ですが、正義の神様でもあります。皆が裁かれないように、イエス様が十字架にかかりましたが、信じなければすでに裁かれてます。」 これはまとめですが、何となくわかるでしょう。 17節にもはっきりとヨハネがイエス様が来られる時の事が書かれてます。選択肢があります。裁かれるか、悔い改めるかです。 今もそうですね。裁かれなくて済む様に、キリストが来られました。これは愛ですが、受け入れるかしないかは、相手が決めるものです。信じなかったから、イエス様が悪いことにしたり、「愛の神だから裁かれない」とか都合のいい事を言っても真理は変わりません。

2021年2月23日火曜日

無知な「専門家」に騙されない子育て

聖書朗読 ルカ2:21~52 40節 幼子は成長し、強くなり知恵に満ちていった。神の恵みがその上にあった。 

Merry Christmas! 一年中お祝いするべき出来事です。ルカ2章前半はキリストの誕生の話しです。今日の聖書朗読は2章の後半で、幼いイエス様のいくつかの出来事が書かれてます。イエス様は罪を犯せなかったので、確かに育てやすい子どもだったと言えます。私たちの子どもと私たちも罪人なので、同じ程はできないかも知れませんが、それでも神様が喜ぶ子育てのためのヒントが2章にあります。 クリスチャンはイエス様から見習う者になるべきなので、幼いイエス様からでも見習いましょう。成長すること。強くなること。知恵に満ちること。この3つはどの親でも子どもに期待しています。ただ、今の子どもの「専門家」のアドバイスに従うと、この3つは無理です。無責任な弱い、自己中心の子どもが出来上がります。どうやって、知恵ある成長している強い子どもが育つのか?神様の恵みによります。そして、聖書、聖書、聖書!幼い時から聖書を教えることのみです。時代が変わっても、変わらない聖書を握り、神様の価値観で子育てしましょう。 

2021年2月20日土曜日

不可能をなす神様

聖書朗読 ルカ1:1-38 37節 神にとって不可能なことは一つもありません。 多くの人は聖書に書いてある様々な奇跡等を読むと、「それは無理やろう」とおとぎ話かのように受け止めます。その一方、お化けの様なものが見えないのに、普通にその存在を信じたり、子どもに教えます。「八百万の神」を信じる方が有り得ない。聖書が教える真の神、唯一の神様を信じ、神様の偉大な力を信じ、神にとって不可能はないと信じる方が簡単だと思います。 処女マリヤが妊娠すること、お年寄りのエリザベツが妊娠すること、そして今、この街での奇跡、全て有りです。 どんな奇跡を祈りますか?病気の癒やし、人の救い、経済的な満たし?祈りましょう

2021年2月19日金曜日

隠れていた信者

 聖書朗読 マルコ15章42節から16章20節

43節 アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトの所に行き、イエスの体の下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、自らも神の国を待ち望んでいた人であった。

ヨセフは隠れ信者だったということで有名です。イエスの弟子になっていたが、公にはそれを周りに告白していないと思われます。しかし、他の弟子たちが去って隠れていたのに、ヨセフは「思い切って」ビラトの所に行きました。彼がイエス様をお墓に葬らなかったら、どうなっていたんでしょうね。すべて時があります。今日はもしかしたら、私たちが「思い切って」主のために証する日かもしれません

2021年2月18日木曜日

イエス様が父に見捨てられた

 聖書朗読 マルコ15章1~41

34節 そして、3時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマサバクタニ。」と呼ばれた。それは訳すと、「わが神、わが神。どうして私をお見捨てになったのですか。」という意味である。

私たちが里親になり、今まで経験したことがなかった様々な複雑な気持ちを経験するようになりました。実親を責めてはいけないと思いながら、やはり「なぜ自分の子どもを手放せるのか」と不思議に思う時があります。

イエス様は御父に捨てられのは間違いありません。これは事情があり子どもを手放すないといけない親のようにではなく、世を深く愛しておられからの行動です。十字架に掛かるまでのその日のイエス様が経験した苦しみ、そして十字架の苦しみはどんなに辛かったのか?それはすべて私のためでした。御父もイエス様を愛し、私達を愛しているからの十字架でした。

感謝します。

2021年2月17日水曜日

眠くてどうしようもない時

 聖書朗読:マルコ14:32-72  

40節 そして、また戻って来て、ご覧になると、彼らは眠っていた。ひどく眠けがさしていたのである。

先週の集会後の食事時に、時差ボケの話になりました。経験してない兄弟姉妹が時差ボケはどんな感じなのかを聞いていました。弟子たちはイエス様が捕まる直前に何と、寝てしまった!とにかく眠い!イエス様が一人で祈るために離れた場所に行き、戻ってくると毎回弟子たちが寝ていました。もちろん時差ボケではなかったが、いろんなことに対する不安や緊張感があり、大変疲れていたのではないでしょうか? 私は花粉症の薬でこの「とにかく眠い」というどうしようもない眠気がよくわかります。昨日は運転中に2回、赤信号で昼寝してしまいました。寝て良い時といけない時がありますね。霊的にはどうでしょうか?霊的には違いますね。寝ていい時がありません。 「目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめなさい。神についての正しい知識を持っていない人たちがいます。」第一コリント15.34 

目を覚まし、主をほめる一日となりますように。

2021年2月16日火曜日

自分が強いと思っても。。。

 聖書朗読 マルコ14:1~31

31節 ペテロは力を込めて言い張った。「たといご一緒に死なければならないとしても、私はあなたを知らないなどとは決して申しません」皆のものもそう言った。

固く立つつもりであっても、目の前に試練があると、楽な道を選び、倒れてしまう経験はどのクリスチャンでも経験はあるでしょう。自分が強いから大丈夫だと思わないで、自分の弱さを認めたほうが勝利への道ではないでしょうか。

べテロはこのすぐ後に、「知らない」と3回もイエス様を否定しました。自分の弱さを赦し、私たちを強くしてくださるイエス様に感謝して、今日を生きましょう。

2021年2月15日月曜日

簡単に壊される立派な建物

 マルコ13章

1.2節 イエスが、宮から出て行かれる時、弟子の一人がイエスに言った。「先生。これはまあ、なんとみごとな石でしょう。何と素晴らしい建物でしょう。」すると、イエスは彼に言われた。「この大きな建物を見ているのですか。石が崩されずに積まれたまま残る事は決してありません。」

私は何度も言った事があります。都会に行き、狭い土地に立派な建物の工事を見る度に「すごい」と感動します。技術が進んでますので、機械を使い工事を簡単にできます。でもイエス様の時代は手作業がほとんどで、弟子たちが神殿を見て感動するのはおかしくありませんでした。

どんなに高級なブランド物、立派な建物でも、すべて目で見える物はいつか朽ちることになります。多くの人が欲しがる物は、いつか腐ったり、ボロボロ価値のない物になります。

神様が大切にしているのは、人の魂です。今日は仕事があることを感謝し、頑張りたいです。日常の必要な物の備えのために働きますが、神様を知らない人たちの様に、必要以上な空しい朽ちる物を追いかけることなく、他人とは違う価値観を持ちながら生活します。そして、彼らの魂の救いのために祈ります。

2021年2月14日日曜日

神様にバレンタイン!

 聖書朗読 マルコ12章

30節 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。

Happy Valentines Day

今日は特別集会を開催すると検討していたが、結局は何も特別なことをせず、「普通の日曜日」になりました。「普通」と言っても、教会に行けること、神様に愛されて、神様を愛することは素晴らしい特権です。残念ながら普通ではない。と言うのは、多くの人にとっては今日は「普通の日曜日」にくわえて、チョコを交換しますね。普通に神様を無視し、普通に自己中心な一日を過ごします。神様の犠牲的な愛、想像しても理解できない恵みを受け入れずにバレンタインディを過ごす人がほとんどです。私たちが救われてたこと、兄弟姉妹と礼拝できること、感謝します。

2021年2月12日金曜日

「男らしく」のような表現が禁じられても使う!

 聖書朗読 マルコ10章

6節 しかし、創造の初めから、神は人を男と女に造られたのです。

聖書の教えは簡単でわかり易い!先週の日曜日の説教にボード先生が一言言った通り、神様が男と女を創造し、男一人女一人が結婚するべきです。

大変シンプルなものなのに、今の時代は非常に難しくしています。

「男らしく」「女らしく」が禁止言葉になり、服装や髪型、男性の脱毛など、全く男女の区別が社会から消えてます。これでは、幸せになれるのか?なれません。神様の教えに従うことが唯一の幸せになる方法です。

謝りなく、自信がある信者になり、「神様の道」を周りに伝えましょう。

2021年2月10日水曜日

何を言ったら良いかが分からない時

 聖書朗読 マルコ9章1~29

8節 実のところペテロは言うべきことがわからなかったのである。彼らは恐怖に打たれたのであった。

緊張や恐怖、またはその他の理由で、何を言ったらいいのかがわからない時、どうしますか?何も言わないタイプ?何かを言うけど後で反省するタイプ?人間は異なる性格があるので、人それぞれでしょうね。正解は無いかもしれませんが、失礼な事や嘘などをいうよりは、何も言わないのが一番いいかもしれません。

イエス様の姿が変わり、モーセとエリヤと話していた時、あまりにも驚きの事を見た3人の弟子は恐れました。リーダーのべテロが喋りだしたが、要らんことを言った不思議な空気になりました。

生活の中の色んな場面で、「何と言えば良いのか?」が分からない時がよくありますね。聖霊が私たちに話すべき言葉を教えてくれますので、お祈りしてお願いしましょう。

2021年2月9日火曜日

遠くても会いたい

 聖書朗読 マルコ8章

2節 「かわいそうに。この群集はもう三日間も私と一緒にいて、食べるものを持ってないのです。」

先日教会の集会後に、二人の方を自宅まで初めて送りました。(一人は自宅まで、一人は駅まで).。車の中で、教会(小倉)に通っている方々の中で、遠くから来られている方が多いと言う話になりました。改めて皆さんの忠実を感謝する機会となる会話でした。

イエス様の話を聞くために、遠くから大勢の人たちが来ました。そして三日間も食事を取ることを考えずに、話を聞き続けました。すごいですね。 私の家族も毎週福岡から小倉にいきますが、居心地の良い車に乗り、食事も用意し、時にはおやつや飲み物を飲食しながら帰ります。犠牲ではないですね。昔の人たちの「イエス様に会いたい」の熱心さから学びたいです。喜んで教会に通い、イエス様を慕い求め、疲れていて必要な時にはイエス様の哀れみをいただきましょう。

2021年2月6日土曜日

私の事を気にしてくれるイエス様

聖書朗読 マルコ5章

28節 「お着物にさわることでもできれば、きっと直る。」と考えていたからである。

12年間、出血がとまらない婦人の言葉です。イエス様は忙しかったし、いつも大勢の人に囲まれていました。自分のためには時間はないでしょうと、この女はそう考えていたかもしれません。自分は汚い人でイエス様が自分に話しかけてくれないと思っていたかもしれません。でもこの女性の信仰がイエス様の目を引きました。

私たちも神様に近づける価値がないと思うことがあるかも知れません。平日はもちろんそうですが、日曜日は教会に来るときはこの女性と同じ熱心な心でイエス様を慕い求めるべきです。子どもたちにも教会に行く目的を教え、皆と一緒にイエス様と時間を過ごすことで癒やされます。大勢の人がいる中、イエス様が私に目を向けることを感謝します。

2021年2月5日金曜日

日本人の心が変わるのか?

 聖書朗読 マルコ4章

20節 良い地に蒔かれるとは、み言葉を聞いて受け入れ、30倍、60倍、100倍の実を結ぶ人達です。

私は畑などのことは詳しくありませんが、良い地とそうではない地があるのは理解でぎます。たくさん実るために色々しないといけません。その一つは地に色んな肥料を入れて良くすることです。御言葉を聞く耳がある人の少ない国かもしれませんが、心を変える力がある聖霊がいます。 

私をはじめ、日本の多くの人の心が良い地になるように、お祈りしています

2021年2月4日木曜日

安息日以上に大切なことがある

聖書朗読 マルコ3章

5節 イエスは怒って彼らを見回し、その心のかたくななのを嘆きながら、その人に「手を伸ばしなさい。」と言われた。彼は手を伸ばした。するとその手が元通りになった。

平和を保つのは立派なことですが、無理な場合があります。どんなときでも、何があっても対立を避け、平和を選ぶ日本ですが、それは本当の平和なのでしょうか?

パリサイ派は、病人の癒やしよりは自分たちが作った安息日の法律を優先していました。癒やされた病人の事を喜べばいいのに、「イエス様が安息日を守ってない!」と嫌がっていました。彼らの不信仰に対してイエス様が怒りました。これは正しい怒りです。罪ではありません。私たちにも、平和を保つのか神の真理を語るのか、と言う選択肢が毎日あります。時には罪に対する怒りも必要でしょう。偽物の平和を目指すよりは、人の心に本当の平安ご与えられるように、イエス様から見習いましょう。

2021年2月3日水曜日

聖書の取税人って、現在のNHK営業の人に似てる?

 聖書朗読 マルコ2章

14節 イエスは道を通ながら、アルパヨの子レビが収税所にすわっているのをご覧になって、「私についてきなさい」と言われた。すると彼は立ち上がって従った。

当時は収税人は大変嫌われる仕事でした。ローマのための税金だからですが、まともな人なら、ユダヤ人はそんな仕事をしているはずがない。今の職業にすると、契約を取ろうとする各戸を回るnhkの方に近いでしょうか?

レビ(マタイ)はずるいことをして自分の高収入を得ていました。

「私がイエス様だったら」の視点から考えるのは良くないかもしれませんが、お許しください。絶対にレビの様な人を弟子にしてないと思います。

イエス様の愛と恵みは素晴らしい。どんな罪深い人でもお赦しすることができますし、その人を福音のために用いることができます。

2021年2月2日火曜日

消毒を気にしていないイエス様

 聖書朗読 マルコ1章

41節 イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼に触って言われた。「私の心だ。きよくなれ.」

最近見たテレビ番組ですが、様々な恐怖症がある主人公が、ハンン病の患者と握手した後、手を100回以上洗っていました。そこまでではないですが

今のコロナにかかる不安が社会を大きく変えてます。いつも以上に手を洗ったり、消毒したり、近くにいる人が嚔すると、マスクしてるかどうかと自分との距離を確認しますね。

こんな時代の中だからなのかわかりませんが、この節を見たらいつも以上に感動しました。イエス様がハンセン病の監視を癒す時、手を伸ばして彼を触りました!触らなくても癒せたのに、触りました。律法ではハンセン病の患者は他人に近づけなく、大変な寂しい人生を生きていました。

イエス様の優しさに今朝は新たに感動しました。

2021年2月1日月曜日

恐ろしく喜ぶ?

 聖書朗読 マタイ28章

8節 そこで、彼女達は恐ろしくはあったが大喜びで、急いで墓を離れ、弟子たちに知らせに走って行った。

この聖句にある「恐ろしくはあったが大喜びで」は面白い表現だと思います。普通で考える反対に近い感情で、同時に感じる経験は少ないのではないでしょうか?

生活のなかでどういう時に恐れと喜びを同時に経験するかというと、私の場合はジェットコスター乗ってるときです。乗ってる時に「こわい」と思わないと二度と乗りません。怖いと思うのが楽しいのです。

イエス様の復活を聞いた彼女たちは複雑な気持ちでしたね。イエス様の復活は私たちの日々の生活に希望を与える素晴らしい出来事ですから、イースターだけではなく、毎日お祝いしたいですね。

今週も不安を与える出来事も喜ぶ出来事もあるでしょうが、ジェットコスター乗ってる様な一週間になったとしても、主の復活が与える希望を忘れずに歩みましょう。

「真生留」=マイケル

キラキラネームが多くて漢字が読めないこの時代ですから、私も「自分の名前の漢字を勝手に選ぼう」と数年前に思いました。最初はラインのIDに使っていただけですが、最近は仕事関係や名刺などでも使うようになりました。その漢字を選んだ理由を説明します。 真 (ま)  生 (いけ)  留 (る...