2013年10月21日月曜日

「キリスト教の救いとは?」日曜日の週報から (10:30)

聖書で、または、教会で「救い」という言葉を使うときの意味をお分かりでしょうか? 多くの人がこれは「助け」と理解してしまいますけれども、違います。聖書の救いは問題と悩みからの助けという意味ではありません。
 第一ヨハネ4:9にこう書いてあります。「ここに、神の愛が私たちに明らかにされています。すなわち、神はそのひとり子である御子をこの世に遣わし、この方によって私たちが生きるようにされたのです。」 聖書の救いは、「永遠に生きることが出来る」と理解してください。イエスキリストを信じることによって、今の状態から救われ、そして、生きるのです。
 それでは、今の状態とは?これを理解しなければ、聖書が語る「救い」も理解できません。 罪人とある状態です。救いは、罪からと死からの救いです。死は、人間の努力で乗り越えることのできないものです。私たちは、自分で生きているわけではないからです。生かされているのです。自分で生きているのなら、死なないこともできるでしょう。でも、実は人は神様に生かされてここにいます。あなたの罪が、あなたと神様の親しい関係のじゃまものです。神様とともに生きることができる人は、罪が赦され、救われている人だけです。 自分が犯した罪を認め、悔い改め、そして、イエスキリストの死と復活を信じることによって、魂の死を避けることができます。 私たちがクリスチャンになってから、あらゆる問題からの「救い」助けがあるかもしれません。でも、それは人間が一番必要としている救いではありません。

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