2021年6月21日月曜日

「機会があれば。。」を考え直す

聖書朗読 第一コリント16章 9節 実り多い働きをもたらす門が私のために広く開かれていますが、反対者も大勢いるからです。 「機会があれば、〇〇します」とよく思いますが、パウロが考えてた「機会」と私が想像してたものとは大夫違います。パウロは福音を語る機会(門が開かれている)があるから、エペソに留まると言ったわけですが、これはどうやって判断したかというと、迫害です。迫害があるから、門が開かれていたとパウロがわかったのです。パウロがどこに行っても、福音を語りました。そして、多くの人が信じました。その数が多ければ多いほど、反対する人も多かったのです。反対者がいる事を証拠として、「ここに留まるべきです」と決めました。今の時代と考えが違いますね!試練があれば逃げて、すべてが上手く行ってると、「門が開かれた」と判断しますね。迫害や試練を恐れずにパウロと同じ目で状況を見ましょう。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。

「真生留」=マイケル

キラキラネームが多くて漢字が読めないこの時代ですから、私も「自分の名前の漢字を勝手に選ぼう」と数年前に思いました。最初はラインのIDに使っていただけですが、最近は仕事関係や名刺などでも使うようになりました。その漢字を選んだ理由を説明します。 真 (ま)  生 (いけ)  留 (る...