11.05.2025

日々の御言葉

 あなたを恐れる人々は 私を見て喜ぶでしょう。私がみことばを待ち望んでいるからです。( 詩篇 119:74. 

 今までのマイケルウインターズが人に近づいて来たとき、相手はどういう反応だったのでしょうか?逃げる、知らん顔する、それとも私のその日の気分次第、私の顔色を測ってからその反応を決める?

皆さんは神様とのひとときを 起きる時に過ごすのか夜に過ごすのか 特に これじゃないといけないというのはありません。

ただ自分の場合はイエス様と 時間を過ごした朝とそうではない日、 全く別人になります。

この74節は素晴らしいと思いました。私たちは神の御言葉と神様と親しい関係を保っているならば 他人が近づいた時 また私たちが他人に近づこうとする時、相手も喜ぶのではないでしょうか。

11.04.2025

日々の御言葉 

 苦しみにあったことは 私にとって幸せでした。それにより 私はあなたのおきてを学びました。あなたの御口のみおしえは 私にとって幾千もの金銀にまさります。  詩篇 119:71-72 

苦しみというのは本来 嬉しいものではないですが 私にとっては御言葉をより深くより親しくなる きっかけともなりました。

皆さんの今日の1日の祝福を心からお祈りしています

11.03.2025

日々の御言葉 

 詩篇119:125節 135節 私はあなたのしもべです。私に悟りを授けてください そうすれば私はあなたのさとしを知るでしょう。御顔をあなたのしもべの上に照り輝かし、あなたのおきてを教えてください。

しもべというのはへりくだって自分の悟りや 自分の力を頼らずに主人に全て 委ねていくということですよね。そうすることによって 神の栄光のために生きることができますし、また私たちの上に神様の豊かな祝福 だけではなく必要な知恵も注がれるのではないでしょうか。

9.22.2025

ずるい!

「ずるい!」2005年から2022年まで、英会話教室を教会で経営していました。子どもの口から一番多く聞いてきた言葉です。ゲーム負ける時によく使われました。毎回思って、時々子どもに言いました。。。。「何かずるい!負けただけでしょう。」

確かに、子どもが「ずるい」 の意味を正しく使ってなかったが、今の大人も同じ考え方ではないでしょうか?国の給付金の配り方や税金関係、または、人間関係のような様々な場面で自分が有利になるなら「公平」そして自分が不利になるなら、「不公平、ずるい」と思うんですよ!自分が常に被害者と思って生きるのは疲れませんか?いろんなことを他人のせいにしないで、責任感のある人になりませんか?

今、日曜日の17:00に、ヨセフについて学んでいます。昨日は4回目でした。3500年以上前に生きていたヨセフの生涯を聖書から学ぶことは2025年にもあなたの人生のための大きな価値があります。ヨセフは悪いことをしていないのに、兄弟に裏切られ、そして、エジプトに連れていかれました。その後も、また、何も悪いことしてないのに、牢屋に入れられました。次々と正しい選択をしたにも関わらず、嫌な目にあいました。しかし、それでも神様を信じ続けたのです。

世の中で一番ずるいことを行っているの誰でしょうか?あなたですよ。

神様が天地万物を創造し、あなたもお造りになりました。なのに、あなたはその神様を信じず、知ろうともせず、自分勝手な道を生きているのです。ずるい!


8.24.2025

滑走路からずれるな!

 (Ethan Wintersより)(現在、アメリカでパイロットになるため訓練中)

「ただし、少しも疑わずに、信じて求めなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。」 ヤコブ16

 

今日も飛行訓練で着陸の練習をしてきました。今日は20キロほど離れている隣の町の飛行場へ飛んできました。航空学校があるベースの飛行場に帰ってくると、風が一時間前離陸した時に比べて、かなり酷くなっていました。遠方に雨雲も見えて、空港の気象観測システムによると、遠方に雷が観測されていました。滑走路の最終進入に入り、高度を徐々に下げていくと、横からいきなり吹いて来て、一旦収まったりと、繰り返すような強めの風が吹いていました。教官の手助けなしで、自分で着陸するようになってから、これほど強い風を経験したことがない僕はひたすら滑走路に一生懸命注目しました。少しでも他のところに目をずらすと、飛行機は風に吹かれて、滑走路へ安全に進入できなくなるからです。実は同じ滑走路に向かって着陸を目指していた前の飛行機は、滑走路の隣の草に着陸するかと思うほど、横風に吹かれていました。(その飛行機はギリギリセーフ滑走路に着陸できました。)

 

私たちがクリスチャン生活の中で直面する様々な試練の中でも、私たちは不信仰という風に吹かれやすいです。イエス様は福音書でよく弟子たちに「信仰の薄い者たち」という風に弟子たちの不信仰を指して言うことがありました。水の上を歩いたペテロもキリストから目を離すと、すぐに風に吹かれていた大波の中へ沈んでしまいました。

 

私たちは神様に何かの課題を祈り求める一方、同時に自分の知恵に頼ったり、神様の知恵を疑ってしまいやすいです。しかし、主に自分の試練を完全に委ねて、信仰を持って「惜しみなく与える」神様に知恵を祈り求めると、不信仰という風に吹かれなくなります。主は試練を通して私たちに知恵を与え、自分の御心を見せてくださいます。


8.17.2025

ゴミ袋匂い消し

(Ethan Wintersより)(現在、アメリカでパイロットになるため訓練中)

7年ぶり帰国した僕にとって、様々な面白い発見がありました。その中の一つは香り付きのゴミ袋です。4年ほど北海道で一人暮らしする中で、そのようなゴミ袋を日本のスーパーで見た覚えがありませんでした。もちろん日本ではゴミ箱に着ける「匂い消し」はありますが、アメリカではキャンドルの香りを選ぶように、ゴミ袋の香りを選ぶことができます。しかも、リサイクルせずになんでもかんでも同じゴミ箱に捨てるにもかかわらず、この香りのおかげで、キッチンは一切ゴミの匂いをしたことがありません。

 

香り付きのゴミ袋は僕にとって面白い発見でしたが、私たちの罪はアメリカのゴミの匂い対策と違いますね。ゴミを香りの良い不透明な袋に入れれば、ゴミがキッチンに存在していることさえ忘れることができます。しかし、全人類が生まれてから持っている罪を私たちは自分の力で消すことができません。人間は自分の罪を良い香りのするゴミ袋―すなわち良い行い-に頑張って埋めようとします。しかし、もちろんそれは成功しません。私たちの罪を消す方法は唯一イエス・キリストの十字架によってのみです。救いは「行いによるものではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ2:9)

 

そして、恵によって救われた私たちは救われた後でも、恵によって日々歩まなければなりません。なぜなら、救われた後も罪との戦いがあるからです。恵によって救われているのに、自分の力で頑張っていた「律法主義」のクリスチャンたちにパウロはこう言いました、「キリストは、自由を得させるために私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは堅く立って、再び奴隷のくびきを負わされないようにしなさい。」(ガラテヤ5:1)「あなた方はキリストから離れ、恵から落ちてしまったのです。」(ガラテヤ5:4)

 

 

 

 

 

  

8.05.2025

クリスチャンはイスラエルを支持するべきですか?

(ハーベストタイムより貼り付け)(一部編集しています。)

A:はい!  

1. イスラエルは神の選びの民です。

1)この選びは、全人類を救うための神の器となるという選びです。

  *神は、アブラハムという一人の人を選び、彼と契約を結ばれました。

  *その契約は、イサク、ヤコブ、そして、イスラエルの12部族に引き継がれました。 (創世記1231778

2)神は、救い主はイスラエルの家系から出ると約束されました。イエスの誕生は、その約束の成就です。 

2. 私たちはイスラエル(ユダヤ人)から多くの祝福を受けています。

1)救い主をユダヤ人から受けました。

2)聖書もユダヤ人から受けました。

   聖書は、ユダヤ的な書物です。

   聖書は、ユダヤ的に読まなければ理解できません。

3)救いもユダヤ人から受けました。(ヨハネ422

3. イスラエル(ユダヤ人)の救いはキリストの再臨の前提条件です。

1)イエスはこう預言しました。 マタ23:39

2)患難期の終わりに、ユダヤ人は民族的悔い改めを経験します。

3)悪魔は、それを阻止するためにユダヤ人を抹殺しようとします。

 

**クリスチャンは、イスラエル政府の政策をすべて支持しなければならないわけではないですが、反ユダヤ主義のすべては悪魔的です。

少なくても、クリスチャンが支持するのは、ユダヤ人の生存です。