詩篇33:18 見よ。主の目は主を恐れる者に注がれる。その恵みを待ち望む者に。
今まで学んで来た詩とこの日々のデボーションでも何度も出てきたテーマにもかかわらず先ほどまた弱いひと時を過ごし、心が一時的落ち込んでしまいました。ある問題について考えていたら大きな絶望感におわれたのです。やはり、分っている御言葉でも、自分たちの変わりやすい感情と弱い信仰で繰り返して聞く必要がありますね。
信仰が弱い時、「○○はどうなるのか」「神様、あなたは本当に○○の心の中に働いているのか」など、または人の動機や言葉まで疑ってしまいます。今回は早くその不安な気持ちが平安に変わりました。御言葉を開いたからです。賛美を聞いたのです。そして、祈ることができたのです。サウロ王さんの事覚えてますか?その汚い心をまた冷静なものに変えたのは音楽でしたね?
私たちは主を恐れてますか?「はい」と答えたのであれば、私たちの上に主の目が注がれてます。主の恵みがあります。待つのが苦手な私ですが、数か月間の祈りの課題がまったく前に進んでいない今頃、やっと「忍耐」という物を学びだしたのです!学ばなければならないからです。ほかにできることがないからです。待つしかないのです。神様が天国でマイケルさんを見て、「やっとわかったのか」と言っているように感じてます。主を待ち望みましょう。あきらめないでこの一週間を歩みましょう。