4.30.2021

止められない働き

聖書朗読 使徒の働き 5章 38.39節 そこで今、私はあなたがたに申し上げたい。この者たちから手を引き、放っておきなさい。もしその計画や行動が人間から出たものなら、自滅するでしょう。しかし、もしそれが神から出たものなら、彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすると、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」議員たちは彼の意見に従い、 これはガマリエルの言葉ですが、とても賢いアドバイスをイスラエルのリーダーたちにしました。弟子たちの働きが神様の働きだったので、止められませんでした。 私たちの個人の生活で、または、教会で同じことが言えるといいですね。神様の働きならば、人間が止められなく、私たちの能力や賜物を超えた働きになります。

4.28.2021

No MONEY!

聖書朗読 使徒の働き 3章 6節 すると、ペテロは言った。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」 べテロと弟子たちが初代教会の拡大のために大きく用いられた理由は献身されていたからです。お金や学歴はなかった。特別な賜物もなかった。しかし、「私のすべては主のもの」と言う心があったので、神様ご彼らを通して素晴らしい伝導ができた訳です。

4.26.2021

いつ?どこ?知らなくていい。

聖書朗読 使徒の働き1章 7~8節 イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」 イエス様の再臨やその他の未来の出来事がいつ起きるのかは、私たちが知らなくても良いのです。キリスト者が一番気にするべきことは、聖書のわからない部分の意味や時ではなく、わかりやすくて実行していない所です。イエス様の昇天の直前、弟子たちに、大命令を与えました。初代教会は、この命令の一部だけを守りましたが、「地の果てにまで」は最初の方は守っていなかったが、迫害されて、散らせてからは、前世界に福音が行き渡りました。 次の3週間の日々の聖書朗読は使徒の働きです。小倉教会の今後の成長を祈りながら、毎日読みましょう。

4.25.2021

世界一番大きい図書館

聖書朗読:ヨハネの福音書21章   25節 イエスが行われたことは、ほかにもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界も、書かれた書物を入れることができまい、と私は思う。  アメリカ議会図書には170,000,000点の書籍や資料が置いてあり、世界一番大きい図書館です。すべての本棚を一列に並べた場合、800キロの長い列になります!幅広いテーマの資料や本、英語だけではなく、400ヵ語の言語の物があります。  イエス様が教えた真理や行われた奇跡を文書で残そうと思えば、アメリカ議会図書館にある以上のページ数になるでしょう。神様の真実はあまりにもすばらしく、あまりにも奥深くて、一生かけて主の御言葉を学ぼうと思っても、時間が足りません。それほど深いですが、シンプルでもあります。ヨハネが福音書を書いた理由は、すべての人がイエス様を信じるためです。福音を難しくする必要はありません。今日の説教は大変シンプルなメッセージであり、すべての人が聞き入れるべきものです。

4.24.2021

平安がありますように

聖書朗読 ヨハネ20章 21節 イエスはもう一度彼らに言われた。 「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、私もあなたがたを遣わします。」 今日の聖書朗読は今年のテーマ聖句がある20章です。どうですか今年は?日々の生活の中に、平安がありますか?私たちの心から神の平安が満ちあふれていると、他人が神の愛と恵みを受け入れるきっかけとなるのではないでしょうか?私たちに「何も心配しないのはなぜ?なぜいつも笑顔?」と聞かれると、福音は伝えるやすくなりますね。私はまだまだですが、そうなれるように、互いのために祈りましょう。

4.23.2021

完了した

聖書朗読 ヨハネ19章 30節 イエスは酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。 今日の聖書朗読の箇所は、何回読んでも感動する。感動というよりは、イエス様の苦しみを想像しようとすると、心が重くなります。なんという苦しみ。何という愛。「完了した」→私たちの罪の代価の支払が完了した。この世に来られ目的を果たしました。 アーメン

4.22.2021

理解しているならば、自ら伝えられるはずです。

聖書朗読 ヨハネ18章 21節 なぜ、あなたは私に尋ねるのですか。私が人々に何を話したかは、私から聞いた人たちに尋ねなさい。彼らなら私が話したことがを知っています。 英会話を15年教えて、思いましたが、なかなか生徒が上達しません。子どもの緊張なのか、分かってないなのか、英語で質問しても。なかなか答えない子がいます。 何かを人を教えるとき、どうやって相手が理解できているかどうかを確認するのか?相手が自分からそれを説明できるかどうか、他人に同じ内容を教えることができるかどうかです。 イエス様の話を聞いた人たちがたくさんいます。ちゃんと理解した人は信じた人たちですが、バリサイ派などは信じませんでしたし、イエス様の教えを理解してないというより、受け入れてないのです。ビラトはイエス様に何のつみがないて言いましたのに、イスラエル人かここまでイエス様を憎むのは悲しいですね。 私たちは御言葉を聞き、受け入れ、他人に教えることができるようになりたいですね。

4.21.2021

聖別されていますか

聖書朗読 ヨハネ17章  17節 真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言葉は真理であります。 聖別は英語でsanctify と言いますが、英語のsanctifyは一般の人は使わない言葉であり、聖書用語です。日本語の聖別は同じかもしれません。聖別とは、聖なるために特別にする、一般の人と違う価値観を持ち、違う生活をすることです。私たちは御言葉に生かされています。神様の御言葉という真理を受け入れたので、聖別した日々を生きるべきです。それにより、世に嫌われる場合がありますが、私たちはこの世の者ではありませんので、当然です。それでも、御言葉を固く信じれば、イエス様を信じる者が増えます。なぜから、真理だと認める日が来るからです。真理の中に歩む一日となるように

4.20.2021

勇気を出しなさい

聖書朗読 ヨハネの福音書 16章 33節 これらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を得るためです。世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。」 今日の聖句も「これらのこと」から始まりましたので、ぜひその前も読んでください。日曜日の説教にはこの聖句を見るはずでしたが、開いてないと思いますので、今日分かち合いたいと思います。 勝ち組ですよ、私たちは!負けず嫌いな人にとっては、嬉しいお知らせですね。世に生きている限りは辛いことが起きますが、ここはただ私たちの一時的な住まいです。ある意味、震災の後の仮設住宅の様な生活をしています。理想な状況ではなくても、「主がこられるまで、頑張るぞ!」と決める。何があっても主がくださる平安の中に生きると、勇気を出せます。

4.19.2021

喜びに満ち溢れていますか

聖書朗読 ヨハネの福音書 15章 11節 わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたが喜びで満ちあふれるようになるために、わたしはこれらのことをあなたがたに話しました。 喜びに満ち溢れるように私たちに御言葉が与えられたわけです。あの決まりもこの決まりも守らないといけないという、私たちが負担を感じるためではないです。「これらのこと」とありますがそれは1節から10節に書いてあることです。キリストに繋がりキリストにとどまるようにすれば喜びが満ちあふれます。そういう喜びと自由のある一日となりますように。

4.18.2021

78億人の全員のための言葉

聖書朗読:ヨハネの福音書14章 6節 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」  これは有名な聖句で、とても分かり易い言葉です。世界の人口は78億人を超えましたが、「この聖句はわたしと関係ありません」と言える人はその中で1人もいません。天国への道は唯一です。キリストを信じる事で、天国に行けるようになるだけではなく、救われたことは今の生活にも大きな意味があります。今日の集会では、救われた結果について学びます。信仰により義と認められた私たちには、どのような祝福があるのでしょうか?神様と和解して、罪が赦された結果、神様との平和があり、神様にいつでも近づけるようになりました。今の生活の試練などを乗り越える力が与えられましたし、いつかは神様の栄光を見ることが約束されています。

4.17.2021

人の足を洗いたくない

聖書朗読 ヨハネの福音書 13章 15節 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、あなたがたに模範を示したのです。 私はイエス様のこの言葉を読む度に困ります。なぜかというと、しもべになり他人の足を洗う話しです。私は自分の足を含め、人の足は嫌いです。なぜか分かりませんが、子どもの時からそうです。見たくもないくらいだから、触るのは有り得ない。23年間結婚してますが、一度も妻の足を洗ったことがない。そろそろこの恐怖心から成長しないといけないかもしれません。 この聖句は、人の足を洗うと言う聖書の時代の文化にあった一つだけに適用するよりは、イエス様の姿から学びましょう。人に仕える姿から学びましょう。自分を低くし、主を高くあげましょう。

4.16.2021

偉くなったって、何が変わる?

聖書朗読 ヨハネ12:23―50 42節 議員たちの中にもイエスを信じた者が多くいた。ただ、会堂から追放されないように、パリサイ人たちを気にして、告白しなかった。 福音を信じたとしても、周りの目を気にして、それを公に告白しない者がどれぐらいの人数がいるんでしょうね。結構の数になると思います。特に立場が偉くなると難しいでしょうね、 昨日の夕食で議員になるとの話しになりました。遊びだけの会話で真面目に考えている訳ではないので、ご安心ください。その課題になったきっかけは、知り合いの方が先月の那珂川市議員選挙で当選したと分かったからです。3人の小さいお子さんのママだけで忙しいのに、すごいと思いました。しかし、議員になって何か変えようなど、大きなことしようと思っても、思う通りには行かない現実が彼女の真っ先に待ってます。話したい事が多くあっても、周りの目を気にして、静かになります。 福音の働きのために何かしようと思う私たちは、「立場が偉くなれば」「神学校に行けば」等の様に考えではなく、必要なのは忠実なしもべとして神様の力を信じる事です。弟子たちの様な人たちが用いられます。

4.15.2021

後になればわかる

聖書朗読 ヨハネ12:1-22 16節 初め、弟子たちにはこれらのことが分からなかった。しかし、イエスが栄光を受けられてから、これらのことがイエスについて書かれたことであって、人々がその通りにイエスに対して行なったことを、彼らは思い出した。 弟子たちは3年ずっとイエス様と一緒にいました。イエス様の話しを聞いたり、奇跡を見たりしましたが、その全ての内容を理解できたわけではありません。多くの場合は、後になってからそれを思い出して、やっと理解できるようになりました。私達は弟子たちと違って完全な聖書が手にあります。でもその内容が全て完璧に理解できてるわけでもなく、または日々の生活の中でイエス様のなされることを全て理解できるわけでもない。しかし弟子たちと同じように、後になってわかる時がくる。だから、今日できるのは、安心してイエス様に頼ることです。

4.14.2021

人の死により。。。

聖書朗読 ヨハネの福音書 11:28−57 49−50節 しかし、彼らのうちの一人で、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに言った。「あなたがたは何も分かっていない。一人の人が民に代わって死んで、国民全体が滅びないですむほうが、自分たちにとって得策だということを、考えてもいない。」 大祭司のカヤバが、ただただローマの手でイスラエルががつぶれるのを恐れていただけで話した言葉です。イエス様がすくい主だと信じていた訳ではないと思いますが、この言葉はイエス様の十字架の死の預言となりました。一人の方が死により、多くの人の救いが可能となりました。イエス様の深い愛、感謝します。

4.13.2021

何を心配していますか?

聖書朗読 ヨハネ11:1ー27 15節 わたしは、あなたがたのため、すなわちあなた方が信じるためには、わたしがその場に居合わせなかった事を喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。 信仰について、弟子たちから学べることが沢山あります。今年のテーマである、「平安」についても同じです。弟子たちの良い姿から学べる所があるでしょうが、多くの場合は彼らの疑いや不安から「良い子は真似しない!」的な学びですね。 彼らはエルサレム方面に行くのは非常に怖かったのです。前回行ったときは、イエス様が石打ちになりそうでしたから、その心配はわかります。 ラザロを死からよみがえらせる奇跡を行うために、弟子たちと一緒にベタニヤ村に向かいました。もっと早く行けば、彼は死ななかったのに、病気のお知らせが来て、わざと2日待ってからの出発でした。なぜ? 自分の力、死よりの勝利を弟子たちに見せるためでした。  今は、何を心配していますか? その問題はあなたにとっては大きいかもしれませんが、神様の力に比べると小さいのではないでしょうか?

4.12.2021

雑音だらけな社会

聖書朗読 ヨハネ10章 27.28節 私の羊は私の声を聞き分けます。また私は彼らを知っています。そして彼らは私についてきます。私は彼らに永遠の命を与えます。彼らが決して滅びることがなく、また、誰も私の手から彼らを奪い取るような事はありません。 友達の声。メディアの声。親戚の声かけて。近所の声。職場の人の声。お客様の声。耳に入ってくる様々な声。その相手の意見は雑音であり、気をつけないと、神様の声より大きく感じてしまいます。イエス様が良い羊飼いです。私たちが羊であり、イエス様の声だけを聞けば、安心して生活できます。感謝します。ヨハネ10章を読むと、イエス様がどんなに私たちのことが大好きか、伝わりますね。その良い牧者の声を聞き、安心がある一日となりますよう。

4.11.2021

「礼拝」は集会の名前ではありません

聖書朗読:ヨハネの福音書9章   38節 彼は言った。「主よ。私は信じます。」そして彼はイエスを拝した。  多くの教会では、今日「礼拝」を行います。看板にはそう書いてあるからわかりますが、その教会に出席したら、本当にその集会で「礼拝」が行われているかが疑問です。ヨハネ9章には、目が不自由な男を癒したイエス様の奇跡が記録されています。生まれてから一度も見えることができなかった彼は、イエス様を信じました。そして、イエス様を拝した、とあります。  礼拝は何でしょうか?誰が礼拝できるのでしょうか?近いうち、これを聖書から一緒に勉強したいと思います。今日は一言いいますと、神様を信じている人がしか礼拝できません。礼拝は儀式的なものではありません。礼拝は単なる教会の一つの名前ではありません。礼拝とは、神様を信じている人たちが神様を拝むということです。神様をほめたたえることです。神様に救われた事を感謝することです。神様を信じていない人たちは集会に参加して、歌を歌うことができますが、礼拝ではないですね。まずは、信じることからです。

4.10.2021

狂った社会は真理を必要としています。

ヨハネ8:31ー59 32節 そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなた方を自由にします。 最近、ズボン制服の女子生徒を見かけて思いましたが、今の時代の多くの若者は「自由」が好きですね。社会の厳しいルールに従わないで、自分勝手に生きる方が楽だと思っている。個性を大切にし、何かのラテルを貼られることに反対する。制服が選択制になっただけの話しではありません。社会のあらゆる所で若者の反抗が見られます。偽物の自由が大好きです。 しかし、本当の自由には、責任がセットになっているはずです。今の時代が言ってる自由は無責任すぎます。例をあげると、今の子育てにも見れます。子どもに選択肢ばかりあげて、大人の言うことを聞かなくていいように、無責任な子育てをしてる親がいます。今から20年後の社会を想像する怖い! 神様を知らないまま生きると、悪魔に支配されているため、自由がないです。偽物の自由を追いかけることで、ますます不自由になるだけ。 神様を信じることで罪が赦されます。罪の奴隷から主に仕える者になります。キリストからいただいた自由を感謝し、責任のあるクリスチャン生活を歩みましょう。

4.09.2021

多くの者が信じるので、否定的な者を気にするな。

聖書朗読 ヨハネ 8:1〜30 30節 イエスがこれらのことを話されると、多くの者がイエスを信じた。 今日はシンプルな聖句を選びましたが、非常に大切な言葉です。イエス様の話を聞いて、パリサイ派のように、多くの人たちが反対したというイメージになりやすいですね。でもそうではない場合も多く福音書に記録されています。聖書の言葉を語ると反対する人たちは必ずいますが、信じる人達もいます。ヨハネ8章ではイエス様がかなり難しい話しをされたにも関わらす、多くの者が信じました、信仰は御言葉を聞くことから始まる。今日も御言葉を読んでから一日をスタートしよう。

4.08.2021

早く行きたい

聖書朗読 ヨハネ7:32-53  34節 あなた方はわたしを捜すが、見つからないでしょう。また、わたしがいる所に、あなたがたが来ることができません。 この言葉はイエス様がパリサイ派の先生方等に語りました。この言葉を聞く人たちは本当に愚かです。イエス様が目の前に立っているのに、そのイエス様を受け入れなかった。後になれば、彼らはその過ちに気付き、イエス様を探そうとしていても、遅すぎるわけです。 今の時代に同じことが言えます。いつ信じる?今でしょう。なのに、福音を聞いても、後回しにする人が多いです。イエス様が恵み深い方ですから、何回も信じるチャンスを与えますが、その人が亡くなったら、又は、イエス様が再び来られたら、遅いです。これを読んでいる私たちはおそらく全員はすでに救われています。アーメン!クリスチャンは日々の生活の中で、イエス様と個人的な交わりができるのは素晴らしい特権です。毎日聖書を読み、毎日お祈りをして、続けてイエス様を追い求めましょう。イエス様が今、私たちのために、天国で場所を備えておられます。早く、行きたい!

4.07.2021

なぜ信じないんだろう?

聖書朗読 ヨハネ7:1〜31 7節 世はあなたがたを憎むことができないが、わたしのことは憎んでいます。わたしが世について、その行いが悪いことを証ししているからです。 日曜日の説教の時に「なぜ未信者の人たちがイエス様を信じないんだろうか?と疑問に思います。」と言いました。でも、一つの答えはここにありますね。自分が罪人であることを認めたくないからです。全ての人間はブライドがあり、自己中心です。教えやすい心はありません。自分の悪い行いが指摘されると反対する姿勢、戦う姿勢になります。イエス様を逮捕しようとした人たちはそうですし、今もそうです。 そういう方々にどうやって福音を語るのか?イエス様から見習いましょう。場所を去った時もあれば、敵対されても続けて御言葉を語り続けた時があります。すべての物に時があるので、今日は祈って、聖霊の声を聞き導かれるように歩みたい。

4.06.2021

朝食は和食?洋食?

聖書朗読 ヨハネ6:35~71 イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決してかわくことがない。ヨハネ 6:35 今朝の朝食は洋食ですか和食ですか?私は毎朝パンです。いつも「たまに違うもの朝に食べたいなあ」とは思うけど、結局は毎朝一緒です。 今日の聖書朗読は昨日に続けて「パン」がテーマです。もちろん、もう少し具体的に言えば、「イエス様が命のパン」がテーマです。 人間は気づいてないだけで、飢え乾いています。アフリカでもそうですが、日本もそうです。愛に飢えています。人生に満足していなく、生きがいを感じていなく、毎日、「何かが足りない気がする」、のモヤモヤの気持ちでその日を過ごしています。なぜ?神様を信じ、神様と交わりするために創造されているからです。神様が与えるパンだけが、人の魂を満腹にします。

4.05.2021

食べてもお腹がまた空く

聖書朗読 ヨハネの福音書 6:1-34 27節 なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。」 満腹になったためら、そして、奇跡を見たために、群衆がイエス様を探していました。素直な理由でではなく、自分の要望のために探していた者が多く、彼らに対してイエス様がこの27節の言葉を語りました。 食べものはすぐ腐ります。または、どんなに美味しいものを食べても、そのうちまたお腹が空きます。ここでイエス様が行いによる救いを教えている訳ではありません。信仰による救いを教えています。イエス様を慕い求める正しい動機を教えています。彼らは不思議な技を見たいから、何か食べたいからではなく、信じたいからイエス様についていくべきでした。今もエンターテイメントの目的や何かもらう目的で教会にいく人たちがいます。彼れが本当の求道者になるように、そして、救われるように祈りましょう。

4.04.2021

死から命へ

聖書朗読:ヨハネ5章 24節 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。 Happy Easter!主の御名をほめたたえます。復活際は、一年中お祝いするものですが、今日は特別にお祝いする日ですね。主の復活は私たちの永遠にはもちろん、日々の生活にも大きな意味があります。「死から命に」と24節にありますが、イエス様の死と復活は私たちのためでした。神様の裁きを受けず、永遠の命を主の恵みによって得ることを可能にしました。その恵みによる賜物を受け入れた私たちは、安心の中で日々を過ごせます。 未信者はなぜ福音を拒むのか、不思議に思うしかありません。でも、この5章にあるイエス様のことばを聞いていた多くのユダヤ人は同じようにイエス様を信じませんでした。 今日は、ともにイエス様の復活をお祝いし、永遠の命を得られたことを感謝しましょう。そして、日々の生活の中に、続けて主の御言葉に聞き従う者になりましょう。

4.03.2021

一対一の伝導

聖書朗読 ヨハネの福音書 4:27−54 27節 そのとき、弟子たちが戻って来て、イエスが女の人と話しておられるのを見て驚いた。だが、「何をお求めですか」「なぜ彼女と話しておられるのですか」と言う人はだれもいなかった。 サマリアの女の話しを読む度に、毎回感動しますし考えさせられます。イエス様の個人伝導、一人一人に対する深い愛と憐れみから学ベること沢山ありますね。弟子たちも良くそれを見て驚きました。私たちは自分の日々の忙しいスケジュールに追われ、イエスさまの救いを必要としている人たちが目の前にたっていても、それが見えないときがあります。弟子たちと同じように、イエス様の行動から学び、常に驚き、そして真似をするようになりたい。

4.01.2021

生まれ変わりなさい

聖書朗読 ヨハネ3章 3節 まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。 天国に行く道は方一つしかありません。罪の告白をし、イエス様を信じて、新しく生まれることです。 新生児を見ると癒やされますね?可愛くて可愛くてたまりません。赤ちゃんは多くの人の心に喜びを与えるのは、どこの文化でも、どの時代でも同じです。 救われたばかりの人を見ると同じです。赤ちゃんクリスチャンが、多くの信者に元気と喜びを与えます。 新しく生まれると、今までの生活や価値観、宗教に対して思ってきたこと、人間関係など、すべてはリセットされます。何も分からない赤ちゃん、自分のために何もできない赤ちゃんのようになり、すべてはゼロからスタートし、全て新鮮になります。

「真生留」

キラキラネームが多くて漢字が読めないこの時代ですから、私も「自分の名前の漢字を勝手に選ぼう」と数年前に思いました。最初はラインのIDに使っていただけですが、最近は仕事関係や名刺などでも使うようになりました。その漢字を選んだ理由を説明します。 真 (ま)  生 (いけ)  留 (る...