1.26.2026

神様を待ち望む

 詩篇25:5 あなたの真理のうちに私を導き、私を教えてください。あなたこそ、私の救いの神、私は、あなたを一日中待ち望んでいるのです。   

神様を一日中、待ち望んでいるべきなのに、私はだいたい一日の8割かな?その残りの2割は危ないのです。その短い間に脳が早い回転で動き、行動も早く、後で後悔してしまうことをします。待つって難しいですね。祈りの答えがなかなか来ない。。。問題がなかなか進まない中でどのようにダビデが主を待ち望むことができたのでしょうか?それは「真理のうちに私を導き」と祈ったのです。真理の反対は?偽り。嘘。悪魔の仕事は私たちに嘘を教えること。。。私たちが神様を待たないで、嘘を信じ、「神様、あなたは遅い!」と思って自分勝手に行動するように。。。。御言葉から離れるように。。。。今日は一日中神様を待ち望みましょう。

1.21.2026

詩篇21

 主よ あなたの御力のゆえにあなたがあがめられますように。大いなる御力を 私たちは歌いほめ歌います。( 詩篇 21:13 )

今日の詩篇のテーマは 昨日の詩篇20篇に続いています。ダビデ王様が書かれたとありますが、これはまた民が祈る、賛美するために書かれました。20篇は戦いに出かける前に祈られたものかもしれません。そうすると 21編は戦いの後に喜びの歌 として捧げられでしょう。

私たちの力で何もできませんよね。しかし神様の力であれば限りなく素晴らしい出来事が待っています。そして、その勝利が得られた後に自分がやったとは思ってはいけません。神様の御名を崇めることべきです。例えば勝利を得られなかったとしても、何があったとしても、神様の御名を崇めましょう。

1.20.2026

詩篇20

 詩篇20篇 1節 苦難の日に主があなたにお答えになりますように。ヤコブの神の名が、あなたを高く上げますように。5節 私たちは、あなたの勝利を喜び歌いましょう。私たちの神の御名により旗を高く掲げましょう。。。。7節 ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。

作者はダビデ王様ですが、民が王様の為に祈る詩です。だから1節の「あなた」はダビデのことです。ダビデが神様に従い続けて、そして、それによって民が祝福されるわけですから、民は王様のために喜び歌い、または祈る詩でした。同じように、私たちもリーダーのために祈るべきです。妻は家庭のリーダーである主人のために祈るべきです。職場ではボスのために祈るべきです。

今日は1節、5節、7節を貼り付けてますが、その共通点は気づきましたか? 「神の御名」です。 なぜ「ヤコブの神」という言い回しでしょうか?過去の勝利を思い出すための言い回しです。「先祖を守ったように、私たちもお守りください。」という願いをこめて、「アブラハムの神」「イサクの神」「ヤコブの神」の言い方をよく出てきます。アブラハム等に約束された土地に対する約束、イスラエルを星のような数にする、神様は約束を守ってくださる方なのだという願いをこめての言い回しです。 アブラハムを守った→イサクを守って→ヤコブを守った→ダビデもお守りください →私たちも守ってください。 私たちは自分の名前では何もできません。「ウィンターズ先生が言ったから」。。。。だから何?でも、「神様が約束したから」の方がすばらしいではないでしょうか。。。。今日は何を頼りにしてますか?(7節)世の中の人たちが頼りにしている同じものですか?それか、偉大な力の神様の約束、そしてその尊い御名を頼りにしますか?

1.19.2026

詩篇19

 おはようございます。今日のデボーションには困ってます!

なぜかというと 詩篇19篇は詩篇の中で、139篇に続き最も親しく、よく引用している詩です。なので 14節の中で 2、3節だけを選ぶとしてもどれにするのかに困ります。

子どもの頃は教会で 7節から10節の賛美をよく歌ってました。 今でも聖句をその賛美のおかげで暗記しています。

もう最初から最後まで分かりやすく 本当に ためになる詩ですが、今日は特に最初と最後を見ていきましょう。

1. 天は神の栄光を語り告げ大空は御手のわざを告げ知らせる。2.昼は昼へ話を伝え夜は夜へ知識を示す。3. 話しもせず語りもせずその声も聞こえない。..14.私の口のことばと 私の心の思いとが御前に受け入れられますように。主よ わが岩 わが贖い主よ。( 詩篇 19:1-3,14)

先日も少し話しましたが、 私たちは自然界を見るだけで神様の素晴らしい力を見ることができます。このような素晴らしいものを作られた神様が今日の1日の私たちの生活を守ることができます。また今 心配しているそのことも神様は支配しています。信じて委ねましょう。

そしてその状況の中でも、14節に書いてあるように、私たちの言葉や思いが神様に喜ばれるように、歩みましょう。

この3ヶ月間、私は何度も何度も この14節を祈ってます。毎日祈ってます。。。毎日 守ってるとは言ってません。毎日 守ろうとは思ってます。

1.15.2026

詩篇15

 詩篇15 1. 主よ だれが あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが あなたの聖なる山に住むのでしょうか。 2. 全き者として歩み 義を行い心の中の真実を語る人。 3.舌をもって中傷せず友人に悪を行わず隣人へのそしりを口にしない人。 4.その目は 主に捨てられた者を蔑み主を恐れる者を 彼は尊ぶ。損になっても 誓ったことは変えない。 5. 利息をつけて金を貸すことはせず潔白な人を不利にする賄賂を受け取らない。このように行う人は 決して揺るがされない。

神様との交わりがテーマです。モーセに与えられた律法の中では様々な儀式が多いですね。この儀式の一つ一つには大切な意味があるのでこの詩はそれを否定してるわけではないんですが、しかし 心がこもってない儀式を守るよりは、本当に神様との良い交わりを保ちたいならば、正しい心と行動が大切であることがわかります。

この詩篇の中にはいくつかの神の人としての正しい行動が書かれてます

1.  Walk uprightly 全き者として歩む 2節

  ヨブの模範を見るとこの全き者の意味が分かりやすくなると思います。ヨブ1:1 妥協せずに、神を恐れ悪から離れる人です。

2. Refuse to speak against others. 他人の悪口は絶対しないこと。 3節

ヨハネ13章34節から35節にイエス様が他人を愛することについて教えています。

陰口や噂話,悪口は世の中によくあることです、私たちクリスチャンは違う基準で生活するべきです。

3. Stand Against Evil, Honor the Godly

悪に立ち向かい、敬虔ば人々を称えよ 4節

1.13.2026

詩篇13

 主よ いつまでですか。あなたは私を永久にお忘れになるのですか。いつまで 御顔を私からお隠しになるのです 6.私は主に歌を歌います。主が私に良くしてくださいましたから。( 詩篇 13:1,6 )

私が小倉聖書バプテスト教会に通い始めてから5年半経ちますが、詩篇の学びでも別の学びで詩篇を引用した時にしても、テーマとして一番たくさん話してきた テーマは この13篇の、「いつまでですか」だと思います。何百回言ったでしょうか。またはこの数ヶ月の自分の信仰生活の中でも何回も経験してることです。

神様に怒ってるなら、正直にそう祈りましょう。そして、祈り始めると、賛美しだすと、心に変化が起きるのです。

この詩篇は短いので一番わかりやすいですが 、ダビデの1節の悩みの問いかけから、6節の神様に向かって 賛美している姿、この変化は素晴らしいし、分かりやすいですね。その間に何が起きたのか? 神様の恵みです。神様に向かって助けを求めるものは失望で終わることはありません。

神様あなたはどこにいますか?

例えば 状況が変わってないとしても、そこから神様に向かって賛美する。。。。今日の自分の心はこのように変わるようにお祈りしたいと思います。

1.12.2026

詩篇12

 主よ。お救いください。聖徒は後を絶ち、誠実な人は人の子らの中から消え去りました。人は互いにうそを話し、へつらいの唇と、二心で話します。詩篇 12:1-2 

英語の聖書は聖徒=Godly manと書いてます。正しい人、又は新改訳2017には敬虔な人と訳されてます。 どの言い回しにするにしても、この時代には足りてない人物です。 土曜日の母教会での男性の勉強会、または日曜日は別の教会の集会に行きましたが、偶然ではなく、同じテーマが この2日間続いてます。。。。"man of God"..神の人。。。特に神様に仕えている男性の姿はどういうものなのか?非常に恵まれた週末、または痛いほど反省し色々と考えているこの頃です。 Man of Godが後を絶ち、ダビデがそのことを悩んでいます。その代わり何が増えたかというと、虚しい話する人、嘘を言う人、 2つの心で話す人です。  兄弟姉妹で集まる時、または未信者と話す時、どんな話をしているのでしょうか。 宣教師が長年日本に住み、「本音 建前」等、文化で疲れるわけですが、しかし私たちクリスチャンはそんなに変わらないのではないかと思いました。二心で話すことや生きる事なく、主栄光のために歩みたい。 。。。。。